野生に魅せられて   立松光好

北海道の田舎育ちで動物大好きだった私が世界の野生動物に接するフォトグラファーに成ることが出来たのは時代も良く、本当に私にとって幸せなことでした。勤めていたフイルム現像会社時代から撮影していたものをペットライフ社で飼い鳥、猫、犬等の写真を使用して頂くようになりました。また動物写真家の大高成元氏に初めての東アフリカ撮影旅行にお誘いをいただき、その魅力にさらに取り憑かれて現在に至っています。 ご存じのように特に大型野生動物を取り巻く世界は急激な人口増加で自然環境が激変して多大な影響を受けています。私たち自然写真家は現状を記録して自然環境の魅力を広く伝えることにあると思われます。ヨーロッパ人が資源を求めて植民地にしていた地域では初期には野生動物に対しても過大な殺戮が行われましたが後期には保護活動が行われ、それが現在独立をはたした国々にも引き継がれています。そのお蔭で私たちは現在、いろいろな国々の国立公園、自然保護区などを訪れることが出来るのです。

それでも開発途上国と言われる地域では貧富の差が激しく密猟伐採による自然破壊が絶えません。マウンテンゴリラが生息するルェンゾリ国立公園を訪れたのは1984年、当時からゴリラ・ツアーには人数制限があり、単身だった私は幸運にもアメリカ等からのグループに何とか入れてもらい数日にわたり参加できました。 山の麓から数時間、藪をかき分けはかき分けて登りやっと出会うことが出来ます。ショックだったのは密猟者の仕掛けた罠で手首から先を失った個体を見たことでした。それでもゴリラはツアー客には無関心を装い自然な姿を見せてくれたように思いました。特に開発途上国といわれる地域は自然環境の破壊速度が速く自然保護区といえども安住の地ではありません。平和でなければ野生動物も生き残れないのが現代です。

私はまた犬を代表とする家畜家禽動物にも興味があります。現在多くの品種は本来の役割を失いペット扱いされるか滅びていますが、長い人間の地域社会文化が創り出した多様性として記録していきたいものです。家畜家禽は人間社会の要求と共に変化していき、そして野生動物はその生息環境が悪くなれば適応力のない種類は未来を失われたも同然です。珍しいもの、貴重なものは殆ど滅びる寸前の種類です。大多数の人類は無意識により良く経済的に豊かな生活を求めています。それが開発という名の心地よい言葉で地球資源のオーバーユースに繋がっていくと私思っています。

暑さをしのぐためにくぼみに横たわるクロカンガルー母子 ムンゴ国立公園 オーストラリア

暑さをしのぐためにくぼみに横たわるクロカンガルー母子 ムンゴ国立公園 オーストラリア 

オーストラリアシカ雄と3頭の雌 カンガルー島 オーストラリア 2014年4月27日号

オーストラリアシカ雄と3頭の雌カンガルー島 オーストラリア

群れて水を飲むセキセイインコ クイーンズランド州 オーストラリア

群れて水を飲むセキセイインコ クイーンズランド州 オーストラリア

木の上で休むハヌマンラングール親子 ランタンボール国立公園 オーストラリア

木の上で休むハヌマンラングール親子 ランタンボール国立公園 インド

インドクジャク雄同士の激しい闘い  ランタンボール国立公園 インド

インドクジャク雄同士の激しい闘い ランタンボール国立公園 インド

花畑の中のアメリカグマ子供 イエローストーン国立公園 アメリカ

花畑の中のアメリカグマ子供 イエローストーン国立公園 アメリカ

アメリカビーバーの巣 テートン国立公園 アメリカ

アメリカビーバーの巣 テートン国立公園 アメリカ

授乳するアフリカライオン マサイマラ自然保護区  ケニア

授乳するアフリカライオン マサイマラ自然保護区 ケニア

赤旗日曜版連載紙面 2013年3月~2014年2月

赤旗日曜版連載紙面 2013年3月~2014年2月

筆者近影

           筆者近影

         立松光好 プロフィール

1947年北海道生まれ。幼少期からの動物好きがこうじて動物写真家となる。犬・猫・ペット類、家畜家禽のみならず、東アフリカ(サバンナの動物と大型野生猫)、中央アフリカ(ゴリラ、チンパンジー)インド(トラ)、インドネシア(オランウータン)、オーストラリア(有袋類)、北米の国立公園で野生動物を中心に精力的に観察・撮影し続けている。また、人間社会が作り上げた全世界の家畜・家禽類にも大きな関心を持ち撮影を続けている。1985年に赤旗こども新聞で1年間連載をしました。

主な著作

赤旗こども新聞連載(1年間)、子猫(小学館)、原色飼鳥図鑑(ペットライフ社)、

日本と世界の犬のカタログ(成美堂出版)、カラー版日本鶏外国鶏(家の光協会)、他多数

知床に在りて   八木直哉

画像

 僕が撮影の準備を整え、北海道に戻り、本格的に活動を始めたのが2003年。知床半島が世界遺産に認定されたのが2005年。当時は知床が世界自然遺産に登録されるか否かが微妙だと、世間では噂されていた。そういった話題に、僕は完全にソッポを向いていた。

 僕が育った道南地域は勿論、他の地域にも生き物が息づく宝物のような場所が沢山ある。そして僕の記憶の中には、過去に失われてしまった素晴らしい土地が幾つもあったため、知床半島を特別視することはできなかった。

とある場所で、シーカヤックのガイドを営んでいる知り合いと酒を飲んでいた時、僕はその事を愚痴った。

非常に明晰な彼は、「この時代では仕方が無いでしょう」とだけ言った。

その一言に僕は全面降伏するしかなかった。

諭された通り、知床が守られる事で、それ以外の地域や、僕が秘密にしている場所などがかえって開発が進んでしまうのではないかとの危惧を僕が持ったところで仕方がなかった。

自然を愛でるという事は特定の地を保護をするということなのか?といった僕の理想論は、経済を筆頭に人の世を包み込む数々のしがらみの前には無力だ。

なんとなくの否定したい気持ちもあって、以後あまり知床半島には近づかなかった。

 ところが、リーマンショックという転機が訪れた。

経済が深刻なダメージを受け、あらゆる生産業が駄目になった。

そのころの僕は撮影の合間にアルバイトをして生計を立てていたが、仕事の選択肢がなくなってしまった。

そんな中、以前から気にはなっていたものの、あまりやりたくない仕事があった。ネイチャーガイドだ。

ガイドの仕事は嫌だといっても、写真を撮らなくてはいけないし、何より食べなくてはならない。

慣れない客商売なので、人に頭を下げる事が自分には難しいように思われたが、仕事上で時間の拘束を受けるにしても、撮影対象の近くに住むのは大きなメリットだと思い、渋々ガイド会社にメールを送った。

結論から言うと、知床に定住して、ネイチャーガイドに携わった事は非常に良かった。

写真を発表しキャプションをつけるのも、人を連れ自然の紹介をするのも、あまり違いはない。

 知床半島は狭い。生き物たちは素直にその生態を眼前にさらしてくれ、ほぼ隣人に会いにいく感覚で生き物に会える。

道南の繊細な自然を見慣れていた僕は、当初は野生度の強い知床の自然に面食らったりもした。

そして、僕が自然に対して、撮影に対して、かなり先入観をもっていたことを少しずつ実感した。

自然も、撮影も、期待した結果を望み過ぎてはいけない。五感ともてる身体能力を使い、静かに身をさらして、受け入れ、審判を受ける以外にないのだ。

道南の自然を愛した僕は、今、同じくらいに知床も愛している。知床を理解すると同時に、広大な道内の他の地域への理解も深まったように思う。

全ての自然は切り離しては考えられない。

 知床が世界遺産になる直前、僕は「知床が世界遺産なら、北海道のほとんども遺産にしなくてはいけない」と考えていた。現在、国内の幾多の場所が世界遺産になったり候補になったりして、かなり乱立気味だ。世界遺産の内容や理由は様々だが、遠からず、の状態になっている。

知床を中心に活動する僕は、この時代にますます存在意義を強めていく北海道全体の自然に強く惹き付けられている。

 

 

早朝、初夏の知床に霧がかかる。沖の島影は国後島。

早朝、初夏の知床に霧がかかる。沖の島影は国後島。

森を貫く緑の回廊。

カワガラス/羽毛の中に空気を蓄え、強烈にはじくので水に濡れることはない。

連日続く小雨と霧が森を育て、オジロワシの巣を柔らかな緑が包む。

八月中旬、秋の気配漂う頃になるとカラフトマスが戻ってくる。

ミヤマカラスアゲハの吸水

ヤマブドウがたわわに実った。

エゾヒグマ/故郷の隅々へカラフトマスが還っていく。

ひんやりと空気が冴え渡り、実りの秋がめぐってきた。あるものは食べ、あるものは蓄える。

夏季は湖のように穏やかなオホーツク海が、季節の終わり頃から荒れた表情を見せ始める。冬が訪れその荒れ方が狂乱の状態に達したある日、強烈な北風は海上上空からの吹雪をもたらし、凍結したアムール川の結晶を半島の海岸に吹き進める。

波乗りはトドの遊び心。

風の強さに余韻を残しつつも青空が見え好天を兆したある日、最初の流氷群が接岸した。

好奇心旺盛なゴマフアザラシ。

オジロワシ/氷上での思索。

秋にたっぷりと食べ、体に栄養を蓄え、冬を迎えると以降は脂肪の続く限り燃焼させ、ひたすらの耐久。この時期の鹿は、好きでもない木の皮や、栄養のない笹の葉、ニガくて夏には絶対に手を付けないハンゴンソウの枯れ葉も積極的に食べる。そして、寒さはエゾシカ体力を容赦なく奪ってゆく。

漆黒の僧侶、山吹色の司祭、葬送の日。果てたエゾシカがキタキツネやカラスの空腹を満たす。

エゾモモンガ/久々の暖かい日、陽光が降り注ぐ。

エゾモモンガ/トドマツの新芽が厳冬の食料。

流氷期の終わり、火山のように吹き上がる氷塊、直撃すればただでは済まない。

潮流にのって散りゆく氷、そして来冬に再び巡る低温と水の循環。

 

  

                                                   プロフィール

八木直哉(やぎ・なおや)

1975年北海道生まれ。

自然写真家。動物、魚類、鳥類、両生類、昆虫、などを撮影している。

北海道の本来の野生と人の関わりの痕跡が現在のテーマ。

 

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熱帯雨林・林冠の動物たち 横塚眞己人

私が熱帯雨林へ通うようになったのが1996年からで、その最初の地が東南アジアのボルネオ島だった。南米のアマゾンやアフリカの熱帯雨林ではなく、東南アジアを選んだ理由は、1985年から10年間沖縄県の西表島でくらしたことだった。西表島は亜熱帯気候なので、ここで生きる動植物は熱帯と温帯の両方の要素が混ざり合っている。在島中にぼくは亜熱帯の次にある熱帯の世界に憧れをいだくようになっていった。それも、動物地理学的に西表島と同じ東洋区の熱帯雨林が見たかった。

ボルネオ島は世界で3番目に大きな島で、日本の2倍の面積がある。島としてのスケールは桁違いで、東南アジア最高峰の4000メートルを超えるキナバル山や高さが100メートルを超える洞窟もある。そして、熱帯雨林では、超高木と呼ばれる70メートルを超える巨木が見られ、分厚い森の階層構造となっている。その大きな立体空間の中で、さまざまな生き物が暮らしているのだが、特に林冠(りんかん)と呼ばれる森の上層部で暮らす生き物は、種類が多く興味深い。調査しにくい環境でもあるので、新種がゴロゴロしているエリアだ。オランウータンやテナガザル、サイチョウなど樹上で暮らす生き物たちは、林冠にいることが多いので、私も林冠へ行って撮影することにした。

50メートル付近までロープを使ってのぼり、林冠で動物の撮影を試みた。林冠は我々が歩く林床とはまったくちがい、明るく乾燥して風通しのいい世界だ。着生植物がいたるところにへばりつき、同じ森の中でも環境がこれだけ違うと面白い。林冠の世界にたどりついたときに、はじめて熱帯雨林のことが少しだけ理解できた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                       プロフィール

横塚眞己人(よこつかまこと)写真家、写真絵本作家。1957年、横浜生まれ。横浜市在住。日本写真家協会会員、ボルネオ保全トラストジャパン理事。

大学卒業後、雑誌編集者を経て写真家になる。1985年から1994年まで沖縄県の西表島に移り住み、イリオモテヤマネコをメインに、「命のつながり」をテーマとした撮影活動を続ける。1996年から活動を海外に移し、マレーシアのボルネオ島、中米のコスタリカ、インドネシア、ニューギニア島、マダガスカル島などで、熱帯雨林、マングローブ、人々の暮らし、旅、環境問題など幅広い撮影活動を続けている。2003年5月、毎日放送/TBS系列「情熱大陸」に出演。ボルネオ島の熱帯雨林へ通い詰め、樹上50メートルの世界にレンズを向けている姿が映し出された。

                                                               著 書

第59回青少年読書感想物全国コンクール・小中学生の部・課題図書 写真絵本「ゾウの森とポテトチップス」(そうえん社)、「熱帯雨林のコレクション」(フレーベル館)、「さがりばな」(講談社)、「オランウータンに会いに行く」(偕成社)、「象のわたる川」(岩崎書店)、小学館の図鑑NEO本物の大きさ絵本「原寸大昆虫館」(小学館)、「ボルネオの熱帯雨林 生命のふるさと」(福音館書店)「西表島フィールド図鑑」(実業之日本社)他多数。

「熱帯雨林のコレクション」(フレーベル館)国連生物多様性の10年日本委員会推薦「子ども向け図書」の選定図書。http://undb.jp/activity/books.html

「さがりばな」(講談社)は女優・紺野美沙子さん主催の朗読座公演で題目「さがりばな」の原作本。日本ロレックスが主催するウェブサイト「日本列島知恵プロジェクト」で「イリオモテ知恵の痕跡」を連載中。http://www.chie-project.jp/

横塚眞己人のホームページ   http://www.yamaneko.biz/

 

写真家近影

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

エゾユキウサギ撮影記 富士元寿彦

 私が北海道のサロベツ原野を中心に動物写真を始めてから40年が経過した。その中で一番長く撮影をしているのがエゾユキウサギだ。春先の交尾期等の一時期を除くと、人目に触れやすい場所にいる事は少ないため、観察・撮影が難しい動物の一つになっている。これは数が少ないからではなく、じっと動かないでいるウサギを見つけられない人が多いからだ。見たいという友人を同行した際、少し距離がある所にいると「あそこ」と指差しても、なかなか見つけられない人が多い。友人の大半がベテランのバードウオッチャーだから、それだけ目立たない存在なのだ。

 エゾユキウサギが天敵から自分の身を守る術は、大別すると二つ。一つは周囲の草木に同化する「隠れ身の術」。もう一つは危険を感じた際に脱兎の如く走り去る「速い逃げ足」。多くのウサギは、敵がある程度の距離に近づくまではじっと動かずにいて、危険ゾーン(個体により差が大きい)に入ると逃げ出すのが普通だ。撮影の第一歩は「先ず見つける事」。一番楽なのは雪上に足跡が残る冬。理想的な条件は、夜明け近くまで降雪があった日。真冬は主に夜行性で、危険を感じない限り、日中に大きな移動はしないで休息をしている。雪が乗っていない新しい足跡を辿ると間もなく「止め足」と「寝場所で休息中の姿」が見つかる。探し歩かなければならないが、数の中には「信じられない程遠くから逃げる異常に警戒心が強い個体」と、その逆に「信じられない程近寄れる警戒心が薄い個体」がいる。良いモデルになってくれるのは、もちろん後者だ。今年もまた雪上で新顔の良いモデル探しに精を出す季節が近づいてきた。

 

 

 

                       プロフィール

1953年  北海道生まれ

1971年  幼い頃からの動物好きがこうじて、故郷のサロベツ原野を中心に「北の動物たちと自然」をテーマにした写真の撮影を始める

1976年~ フリーのカメラマンとして自然科学雑誌「自然」「科学朝日」「アニマ」や図鑑等で作品の発表を始める

2007年  静止画の他に動画撮影を始める

受賞:  厚生省児童文化奨励賞・平凡社準アニマ賞

(社)日本写真協会会員

                     写真集・著書 

「野うさぎの四季」(平凡社)・「利尻礼文植物花図鑑」(偕成社)・「飛べ!エゾモモンガ」(大日本図書)・「エゾフクロウ」「原野の鷲鷹」「北海道の動物たちはこうして生きている」(北海道新聞社)・他 、現在、赤旗日曜版にて「サロベツ動物記」を連載中。 

                   http//sarobetsu.exblog.jp/  

朝空に輝く金環日食 撮影 田中達也

太陽の手前に月が重なり、太陽が金色のリング状に光って見える金環日食が5月21日午前7時半前後、九州南部から東北南部の太平洋側で観測された。国内で金環日食が観測されたのは1987年9月23日の沖縄以来、約25年ぶりで、日本の広い範囲で観測されたのは平安時代の1080年以来932年ぶりである。東京や名古屋の大都市でも沢山の人々が日食を観測し、まさに今世紀最大の天体ショウと言っても過言でない。愛知県尾張旭市在住の自然写真家・田中達也氏が専門的観点から、午前6時23分から8時57分の間、日食観測のすべてを撮影することに成功しました。

         

    

 

 

 

 

  

1956年愛知県生まれ。
医療ソーシャルワーカーとして精神障害者のケースワークに従事。その後、自然写真家として独立。
身近な自然から風景・空・宇宙と幅広いジャンルを手がける。作風は繊細で力強く、独創的な視点で撮影する数少ない写真家。オーロラと風景を組み合わせた一連の作品は海外からも注目を浴びている。ドラマ「ラストクリスマス」などTVやプラネタリュウム番組のオーロラ動画の映像制作も手がけている。
日本写真家協会会員・日本自然科学写真協会会員
<写真展>
「時色の空」「オーロラに逢いたい」「季節の中の宇宙たちⅡ」「誘惑美」など全国巡回展を多数開催。
<著書>
「オーロラ旅物語」(東京書籍)、「オーロラの本」(学習研究社)、「空のどうぶつえん」(講談社)「雲・空」(山と渓谷社)、「マクロレンズ一本勝負」(日本写真企画)、DVD「AURORA Shiny Dreams」他多数。

                                         ホームページ  http://www.tatsuya-t.com

身近な植物の美を写しだす

はじめまして。尾崎 陽と申します。

身近に咲く植物を中心に写真を撮っています。北九州でフィールドワークの仕事をしたのがきっかけで、自然の素晴らしさに改めて感動しました。自然に関わる仕事ができればと思い、身近な植物の撮影を始めました。

幼少の頃は絵を描くことが好きで、将来絵描きになりたいと思っていました。 写真を撮ることは絵を描くことと似ているので、カメラには自然と興味を持ちました。学生の頃はカメラ屋でアルバイトをしたり、一眼レフカメラを借りて自分で撮りにいったりしいていました。

絵画と写真の違いといえば、レンズを通して物を映すことです。レンズを通して植物の姿を見ると、目では見えなかった意外な一面を発見できます。特にマクロレンズで見る植物は、普段見ている姿とは全く違う印象になります。どんなに地味で目立たない植物も、マクロレンズで見ると、思いもよらないきれいな姿を見せてくれます。カメラは人間の目では気がつかない姿まで写し撮ってくれます。 身近な植物で誰もが知っていて、道端に必ず咲いている植物といえば『エノコログサ』や『タンポポ』、『ツユクサ』ではないでしょうか。これらは雑草のように、庭先や道路わきなどに人知れず咲いています。 ここ2、3年くらいこれらの植物を中心に写真を撮ってきました。朝早くからかがみこんで写真を撮る私に、通る人は不思議そうに見ていきます。 『何か珍しいものでも咲いていますか?』とよく聞かれるので、タンポポやツユクサを撮っていることを伝えると、首をかしげて去って行かれます。やはり普段見慣れた小さな花には興味がわかないのでしょうか。写真に映るこれらの小さな植物がどんなに美しいか教えてあげたくなりました。

 エノコログサ

オオイヌフグリ

 ホトケノザ

写真展などでこれらの小さな花をマクロレンズで撮った写真をみて、『きれい!』と感想を述べておられるのを聞きます。でもきっとその方たちは、そのきれいな花が実は自分たちのすぐ足元にいつも咲いている雑草だとは気付いていません。私自身も写真を撮っていなければ気がつかなかったかもしれません。 写真を撮ることで、気づくことができたのなら、こんなに幸せなことはありません。 写真はただ物を映すだけではなく、目には見えない植物の美しさ、生命力まで見せてくれるのですね。

植物の姿がよくわかるような標本的な写真も撮っています。植物には1000以上の種類があり、少しでも多くの植物を写真に収めたいと思っています。イメージ写真とは逆の全体の姿、特徴をわかりやすく撮った図鑑のような写真です。野外で撮るのとは違って、地味ですが天候に左右されずに撮れるし、ストロボの光を調節したり、レフ板を置く位置を工夫したりと、勉強することはいろいろあります。

      ツユクサ全体(上)            ツユクサのアップ(下)

植物の写真を撮りながら、特別な花でなくても近くにこんなにきれいな花が咲いていることを知ってもらうきっかけになれば、との思いで撮影に臨んでいます。忙しい毎日の中で、ふと足元に咲いている小さな花を見て心を和ませることができれば、生活にゆとりも生まれ、生きる力にもなるのではないでしょうか。私もまだ気が付いていないたくさんの植物たちを、これからも撮り続けていきたいと思います。

 セイヨウタンポポ

コスモス

雪をかぶるセイヨウタンポポ

  サザンカ

アカツメクサの蕾

尾崎陽プロフィール

遺跡の発掘作業のアルバイトを始めたことがきっかけで、北九州の自然や歴史に直接ふれることができました。作業する中で次々に発見される遺物や遺跡を見て、大変感動し興味を持ちました。2003年、北九州市にある平尾台というカルスト台地のフィールドワークに携わることになりました。そこで初めてケイビング(洞窟探検)を体験しました。洞窟の美しさに感動し、2004年ケイビングチームに入会しました。自然観察センターの職員として、平尾台の自然や歴史、文化を学び、カルスト地形という特殊な環境に自生している植物にも興味を持ちました。最初は記録写真程度でしたが、写真に興味があったので、本格的に始めることにしました。身近な植物や生き物を中心に写真を撮っています。
これからも写真を撮りながら植物や生き物についてもっと勉強し、道端の植物で名前を知らないものはないというくらいに詳しくなることが今の目標です。

 

 

生命との出会いを求めて

春、夏、秋、冬と季節は巡り、今現在は、これから先の厳しい雪の季節を待っている。あちこちの撮影地で、今年の冬はどんな光景に出会えるのか、もしかして思いもよらないことがあるかもしれない・・・。長い年月、カメラを抱えてフィールドに出ているが、今でもこのワクワクする気持ちに変わりはない。

美しい日本の自然と、そこに生きる野生動物の生命の有り様に魅了され、写真家を職業として、早42年が経つ。亜寒帯の北海道から亜熱帯の沖縄まで、狭い国土ながら、生物の多様性には常に驚きと発見があり、決して飽きることのない面白さを実感している。それは、四方を海に囲まれ、山や森、川や湖沼と変化に富んだ自然のなかで育まれている動物たちの営みは、光や風、気温や時間、季節などあらゆる気象条件により、様々な姿を見せてくれる。心地よい春のなか、菜の花畑で喉をふるわせ力一杯に囀るオオヨシキリ。燃えるような紅葉の山の斜面で、ハイマツの実をむさぼるように食べる冬眠前のエゾヒグマ。凍てつく川の中で眠るタンチョウの群れ。それぞれが、それぞれの環境に調和してこそ、生命が輝き躍動する。単に動物の種類や撮影地ではない、生命の素晴らしさを求めて、思いのまま気の向くままに、時間を惜しむことなく前に進んで行く。「好きこそものの上手なれ」ではないが、昨日より今日、今日より明日と少しでも自然や動物たちを見る目を肥やしていきたいと肝に銘じながら撮影を続けている。これは、写真家を志してからずっと変わることはない。

 

東京から北海道の中標津に移り住んで丸11年が過ぎた。今ではすっかりこの土地に馴染み、居心地の良さを味わっている。庭には、アカゲラ、シマエナガ、ミズナラのドングリが豊作の年にはミヤマカケスやエゾシマリスがきたり、時折キタキツネが通り過ぎたりと、季節ごとに愛くるしい生き物たちが心を和ませてくれる。と言いながら、本州や沖縄への思いも強く、ことあるごとに出かけていく。足を止めることなく撮影三昧の日々を過ごしてきた今、新たな鳥の写真集を出版したいと、いろいろ構想を練っている。こんな時間を過ごせるのは、幸せこの上もない。

 

久保敬親プロフィール

1947年   新潟県佐渡市生まれ

1970年   拓殖大学商学部卒業と同時にフリーランスの写真家となる

2000年   東京から北海道中標津に移住  フォトライブラリ野生圏を主宰

日本写真家協会会員、日本野鳥の会会員

 著書  

「大雪山の動物たち」「キタキツネとの出会い」「シマリスの四季」(1980年、1983年、1984年 新日本出版社 )

「野生動物に出会う本」(1999年 地球丸)

「日本野生動物」(2001年 山と渓谷社)

「キタキツネ」「ラッコ」「エゾリス」「エゾシカ」「エゾヒグマ」 (2010年新日本出版社)

写真集

「鳥Birds」「野生Animals」(1989年、1992年 山と渓谷社)

「鳥影」「エゾヒグマ 残された聖域」「チップマンク」(1996年、1999年、1992年 山と渓谷社)

「野鳥賦」(1997年日本カメラ社)

「キタキツネの贈りもの」(1999年 新潮社)

「Peace, Peace, Peace」(1996年 七賢出版)

その他企業カレンダー多数                       

写真展

「鳥Birds」 (1989年 富士フォトサロン東京、大阪)

「野生Animals」(1992年 富士フォトサロン東京、大阪)

「動物記」(1998年 北海道滝川市美術自然史館)

「キタキツネの贈りもの」(1999年 富士フォトサロン東京、大阪、札幌)

「大自然からの贈りもの」(2000年 横浜ランドマーク タワーギャラリー)

その他

その瞬間に居合わせるということの難しさ

 はじめまして。六田晴洋と申します。昆虫を主に撮影しています。

生物系の大学を卒業したのち、フリーで昆虫写真家をやっています。写真は独学です。例にもれず昆虫が好きだからこの仕事を選びました。

 昆虫写真家になる前の大学生の僕は、毎日野山を駆けずり回り、昆虫を撮影する職業ってどんなに幸せなものだろうと思っていました。しかし、実際は室内での地味なスタジオ撮影が全体の半分以上を占めています。その割合は人によって異なると思うので、あくまで、僕の場合の話です。

 

 

スタジオ撮影では、卵が孵化する瞬間や幼虫が脱皮する瞬間、サナギから成虫に羽化する瞬間などを撮影することが多々あります。今回はそういった「瞬間」を撮る時の話を少ししようと思います。

 3年前まではごく普通の部屋だった自分の部屋を改造して作ったスタジオに、被写体であるチョウやカブトムシなどの卵なりサナギなりを持ち込み、背景や構図を作ったら、三脚にカメラをセットしてピントを合わせておけば、あとはのんびり原稿でも書きながら孵化や羽化の時を待ち、その瞬間が来た時にシャッターを押せば撮影できるわけです。室内で撮ることによって、狙った瞬間を撮影できる成功率はグンと上がるものの、百発百中かと言えばそうではありません。むしろそれでも成功率は半分以下ではないでしょうか。

 僕も食事をしなければならないし、トイレにも行かなければならない、風呂だってあります。その他にもその場を離れなければいけない用事がたくさんあります。それから、何と言ったって一番の強敵は睡魔です。今まで何度、睡魔に泣かされてきたことか。

 

たいてい撮るべき瞬間が来るのは、早朝や真夜中の場合が多いのですが、昆虫の体に変化の兆候が表れ始め、来るぞ来るぞとカメラを握りしめるものの、なかなか進まないまま1時間、2時間と過ぎていくと集中力も切れ始めます。次第にどうしようもない睡魔に襲われ、「ちょっとだけ・・・」と横になったら最後、次に目を開けた時には、その瞬間はすでに終わっていて、それまでの努力が全て水の泡となった現実を見せ付けられます。その時のむなしさと言ったらそれはもう半端なものではありません。なんだか愚痴みたいになってしまいましたが、そんなスタジオ撮影も嫌いではありません。それはそれで、野外での撮影とはまた違った面白さがあるのです。

写真説明 (上より順番)

1.アブラゼミ羽化

2.ナナホシテントウ蛹化

3.アゲハ孵化

4.アゲハ脱皮

5.アゲハ蛹化

6.キアゲハ孵化

7.キアゲハ蛹化

8.キアゲハ羽化

9.カブトムシ孵化

10.カブトムシ蛹化

11.ノコギリクワガタ羽化

 

六田晴洋プロフィール 

1986年アメリカ合衆国ニュージャージー州生まれ。現在、神奈川県横浜市在住。日本大学生物資源科学部卒業。フリーの写真家として主にカブトムシやクワガタムシ、田んぼや身近な環境の生き物の撮影に励む。

・2012年の3月号か4月号の月刊誌「文藝春秋」の特集で12ページにわたり東北地方の自然や生き物を紹介します。

・2012年4月から読売新聞の夕刊科学面にて、毎週木曜に里山の生き物を写真と文章で連載予定です。是非ご覧ください。

六田晴洋のホームページ http://www.rokuta-haruhiro.com

 

自分一人ではできないこと

絵本を紹介する「絵本ミュージアム」というイベントが、僕の地元の福岡で毎年開催されています。昨年からは、一社の出版社に特化した展示を行っており、今年は偕成社の絵本が取り上げられました。

                                                 

 

 

 

僕はこの春、偕成社から『水と地球の研究ノート』というシリーズの5冊組の本(st16776~16786)を出版したばかりですが、その縁で編集部の方から、「絵本ミュージアムに行って、主催者にお会いしてみませんか。」と案内をしてもらい、先日出かけてきました。

         

 

絵本のイベントなので静かで閑散としたイメージを持っていたのですが、会場はまるでバーゲンセールのように多くの子どもたちで賑わっていることに驚かされました。一方で、絵本のイベントなので仕方がないことでしょうが、自然の本が大変に少ないことには、少々打ちのめされた心持ちになりました。

        

物心ついた頃から、本と言えば生き物の写真が掲載されているものしか見なかった僕は、それこそが王道だと思い込んでいたのに、実は自然の本がマイナーな世界であることを思い知らされたのでした。

人の自然観は幼い頃から長い時間をかけて養われるもの。だから、子供たちに自然を知ってもらうことが遠回りのようで近道であり、子供たちにいい写真を見てもらえば、いいページを見てもらえば、いい本を見てもらえば必ず何かが変わると信じて日頃努力を続けてきたつもりですが、それ以前に、まずは本を手に取ってもらう努力から始めなければならないことに、今更ながら気付かされたのでした。

絵本がそれだけの地位を確立したのは熱心な方々の努力の結果。絵本を知ってもらうためのイベントが各地で開催されています。

自然の本も同様に、もっと知ってもらう努力が必要だと感じたのです

ただしそれは、誰か一人ではできないこと。同じような思いを持つ出版関係者とどこかで連携ができればなと、思うのです。

 知ってもらう努力の他にも、写真や本作りも変わらなければならないでしょう。図書館にお勤めのある方から、「古い本の焼き直しみたいな本ばかりが出版され、版が大きくなって見やすくなったりするだけで、内容は簡素化されつまらなくなっているしまうケースが目立つ。」と言った指摘を受けたことがあります。 

 これまでに流通してきた定番のシーン、定番の本を否定するつもりはありませんが、同時に、新しい定番を生み出す努力が必要ではないかと思うのです。 

『水と地球の研究ノート』(偕成社)の第一巻『町の中の泉』(st16787)は、もう10年以上前から温めてきたテーマであり、その間のいろいろな機会に、いろいろな人に写真を見てもらいましたが、複数の方が、、「水中の写真が、宮沢賢治のやまなしを思い出させます。」

という感想を聞かせてくれました。また、大変に熱心に僕の水の中の話を聞いてくださるので、

「水辺が好きなのですか?」

と尋ねてみたら、

「自然というよりは宮沢賢治の文学が好きで、やまなしの舞台ってどんな場所なのかを知りたかったのです。」

 という答えが返ってきたこともありました。

自然は、自分で体験するのが一番ですが、時間的なゆとりや知識などの面で、必ずしも全員が体験をできるわけではありません。そこで今僕がチャレンジをしているのは、渓流やその水の中を知識として説明するわけでも、絵画として見せるわけでもなく、心の中で体験できるような本を作ること(st16788~16790)です。

やまなしは、小学校の教科書でも取り上げられる有名な作品ですが、渓流を知らなければ味わうことができないでしょう。やまなしや渓流は、僕が今取り組んでいることの例えですが、もしも興味をお持ちの方がおられれば、是非声をかけてください。

 

武田晋一プロフィール

1968年福岡県生まれ。山口大学理学部生物学科卒業。大学院修士課程を修了後フリーの写真家としてスタートし、主に水辺の生き物にカメラを向ける。

最新の著作は、ナショナルジオグラフィクのような大きな世界を、日本人の感性で撮影した『水と地球の研究ノート』(偕成社)全5冊セット

 

 

 

ミンククジラとの出会いを求めて、オーストラリアの海に通う

私は今まで海洋生物の魚やエビカニ、ヒトデやウニなどの棘皮動物、究極はプランクトンに至るまで、あらゆるものを撮影してきた。そして海を撮る者として、いつかは巨大なクジラを撮影したいと思うようになるのだ。

 

 

しかし、海の写真家なら誰もが撮影しているだろうザトウやマッコウの写真は世の中に溢れているものの、以外にもミンククジラについては写真が少ない。ザトウやマッコウはミンククジラに比べても巨大で、撮影でアプローチするにはそれなりにクジラへの知識が必要だし、危険も伴い、優秀なガイドやボートをチャーターしながら膨大な日数と撮影費用がかかる。いつかそれを行うには鯨のことをより詳しく知り、与えられた期間で必ず物にできるようになってからいくべきだろうと考えるのだ。

それは相手に無用なストレスを与えずに撮影する為でもあるし、海の食物連鎖の頂点であるクジラへの敬意でもある。一方、ミンククジラはザトウやマッコウに比べると一回り小さく(大きくても体長8m前後)、グレートバリアリーフの北部では確率高く群れが見られる。

地元の大学機関と連携したミンククジラに逢うことを目的としたチャータークルーズがいくつかあり、比較的短期間ではあるが、相乗りでもボートに乗ることができる。クジラの中では唯一、向こうから人間の側に遊びに来るフレンドリーなクジラで、私はそのことをミンククジラに逢いに行ってはじめて知るのだった。

 

 

ミンククジラは実は社会的に微妙な被写体だ。下手すると反捕鯨派か?とも思われるし、撮影先ではオーストラリア人のほか、世界各国からクジラ愛好者がミンククジラに逢いに来ているため、「何故、捕鯨国の日本人が来ているんだ!?」と白い眼で見られたりする。その中にはかの有名などくろマークのシーシェパード(以下SS)Tシャツを着て、明らかに私にアピールしている人も混じっていたりする。おそらくその人はSSのメンバーではないだろうが、Tシャツなどを購入してSSの活動を金銭的に応援している方なのだろう。そういう方々に混じって海に入るわけなので、もちろん滞在中は向こうから一切話しかけてこない。実際ここに撮影に来ている私のことをどう思っているかは定かではないが、何となくその行動や表情から察するに、あまり良い印象を抱いてはいないのは確かだ。彼らにとっては日本人=クジラの敵なのだ。


私は反捕鯨派でもないし、推進派でもない。中途半端な奴だと思われるかもしれないが、その答えを見つけるためには私は撮影に通って自分の目で見て知る事が大事だと思っている。実際、日本側が出すデータと、反捕鯨国が出すデータではあまりにも隔たりがあって、実際のところクジラが増えているのか減っているのかについてはわからない。クジラがどういう生き物なのかも知らないままに、感情だけで対立してその答えを出すべきではないと思うのだ。実際、クジラを知ることによってその答えが出るかどうかについても判らないが、私は自らすすんでクジラ肉を食べることは無い。ただ、めったに無いだろうが食卓で勧められれば、それを食べることも拒まないことも事実だろう。なにせ、私の子供のころは学校給食でも普通にクジラ肉が出ていたし、年に何回かは家庭でクジラ肉を食べていた馴染み深いものだ。今ではスーパーで日常的に手に入ることは無いし、他に食べるものはいくらでもあるので、わざわざクジラ肉を探し求めてまで買うほど、そんなにおいしい物という印象は実際のところ私にはないからだ。ただ、子供の頃の懐かしい味という記憶は私の一生から離れることが無いのも事実だ。
グレートバリアリーフ海域にいるミンククジラは正確にはドワーフミンククジラといって、日本近海に生息しているミンククジラに見た目も遺伝子的にも近く、南極海に生息するクロミンククジラとの中間的な存在だ。人が海に入ると、まずは興味津々に近づいてくる。最初はそれでも警戒しているのか、近寄ってきては通り過ぎていく行動をただ繰り返すだけなのだが、しばらくすると慣れてくるのか、目の前で泳ぎを留めては、私たちの眼をみつめてアイコンタクトをとったりする。そして、人の気づかないところでは驚くべき猛スピードで泳ぎ、戻ってきては、まるで「遊ぼうよ」といっているかのようにすぐ側でじっとしていたりする。時間を掛ければ掛けるほど心を解放してくれていく様は明らかで、手を伸ばせば届きそうな距離でホバーリングしたり、目の前で大切であろうはずのお腹を見せてくれたりすることもあるのだ。一度海に入れば、こちらが上がらない限りミンククジラはずっと遊んでくれるので、地平線に太陽が沈むギリギリまで、私はミンククジラの奏でる歌を聴きながらその美しいシルエットを写真に収めていくのだった。

 

峯水亮プロフィール
1970年大阪府生まれ。現在、静岡県に在住。1997年には西伊豆で7年間勤めたダイビングガイドの経験を活かし、フリーの海洋写真家に転向。主に海洋生物の生態写真を撮影し、近年ではクラゲやプランクトンの撮影にも特に力を入れている。またオーストラリアの海を第2の撮影フィールドとし、グレートバリアリーフに生息するミンククジラや2011年に世界自然遺産にも登録されたニンガルリーフや、南の海に生息するリーフィーシードラゴンなどの撮影に取り組んでいる。普段は月刊ダイバーで国内外の海の取材を行っており、国内では沖縄や伊豆を中心に、海外はインドネシア・マレーシア、タイ・フィリピン・オマーンなど東南アジアの海を広く撮影している。教育書や児童向け図書などにも多数写真を掲載。著書に海の甲殻類(文一総合出版),日本の海水魚466(文一総合出版)ほか、2012年には世界初の400種前後のクラゲやプランクトンを収録した(仮題)クラゲ大百科を平凡社より、サンゴ礁のエビハンドブックを文一総合出版から刊行予定。

峯水亮のホームページ  http://seacam.jp